【国鉄以来奇跡の復活!】奥羽本線津軽新城行の爆誕誕生秘話とは?

交通研究

2016年3月26日の北海道新幹線開業に伴い、

奥羽本線では津軽新城~青森間を運行する新幹線アクセス列車が新設され、

それと同時に列車の行先表示器には、

JR発足以来見たことのない異例の「津軽新城行」が登場しました。

あれから間もなく4年が経とうとしていますが、

この「津軽新城行」が登場したのがどれだけ異例かご存知でしょうか?

津軽新城行が登場したのは特急廃止によるもの

北海道新幹線の開業によって、

カシオペアやはまなす、スーパー白鳥など、

すべての青函特急が青函トンネルの電圧工事により犠牲(基、廃止)になりました。

一方、当時スーパー白鳥と白鳥は、

新青森駅のホームが1面2線しかなく過密ダイヤだったので、

仕方なく隣の津軽新城まで回送として送り込まれていました。

北海道新幹線が開業すると、

新幹線のダイヤに合わせた津軽新城~青森間の新幹線アクセス列車が設定されましたが、

これは青森を発車すると、

新青森、そしてすぐに終点津軽新城へと至るかなり短い運用です。

所要時間は概ね13分しかかかりません。

因みに、701系の側面行先表示器には、

新青森・津軽新城”と窮屈に表示されており、

いかにもゴリ押しして文字をぶち込んだ感が丸見えですw(仙台・あおば通のような)

津軽新城行の登場は国鉄時代以来!?

と、このように色々話題を呼んでいた津軽新城行ですが、

実は今回が初めての設定ではなかったのです。

走ルンですこと701系が1993年に登場する前の奥羽本線では、

50系客車が走っていましたが、

なんとその国鉄時代においても青森~津軽新城間の列車が設定されていたのです。

しかも当時は新青森駅が無かったので、

1駅しか停車しない暇つぶし運用みたいな感覚でした()

また、津軽新城駅付近には青森西高校があったことで、

利用者の殆どが学生だったというエピソードも色々な文献に載っています

余談ですが、新幹線開業前の新青森駅は、

普通列車ですら通過する、

まるで秘境駅のような扱いを受けていました。

その後新幹線が開業したことで一気に駅舎が立派になり、

かつ本数も増えたことから、

これまで津軽新城駅を使っていた学生が新青森駅を利用するようになりました。

その影響で津軽新城駅の利用者は新青森駅に吸われたのか、

津軽新城駅の利用者数は年々減少傾向にあります。

よく考えると津軽新城駅はすごい

と、このように色々話題な津軽新城行ですが、

よくよく考えてみると実はとんでもない快挙を起こしているような気がします。

北海道新幹線開業前の津軽新城の停車本数は45本でしたが、

開業後は新幹線アクセス列車設定により67本となり、

何と22本も爆増しているのです。

普通に考えてダイヤ改正で22本も増えるのは首都圏でもあまり無ありません(新駅設置は除く)。

もしかするとこれは半世紀、

いや、1世紀に1度の快挙を起こしたと言っても過言ではないでしょう。

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