中国茶の茶器や茶碗はいつ登場したの?

茶器は唐の時代から普及した?

プーアル茶

唐の時代(7~10世紀)に入ると、

お茶の木が中国全土で植えられるようになり、

それと同時に、お茶を飲みものとして飲む習慣も、

次第に普及するようになりました。

なお、唐の時代では、

お茶を飲む際に茶葉を蒸した後に臼でつ作業工程が取り入れられていました。

このころは、茶葉を小さく固めて感想を施した、

「固形茶」と呼ばれるタイプのお茶がメジャーとなっていました。

固形茶をあぶったのち、木製でできた「薬研」のような器具で茶葉をひき、

それを粉末状にして、

沸騰させたお湯に入れてから飲んでいたと言われています。

また、はじめにお茶の習慣が広まった上流階級の人々の間では、

長生きを願って飲まれていたこともあり、

飲むときに使う茶器は、

金や銀などを使用したとても豪華な仕様となっていたようです。

特に飲まれていたのは、日本でもメジャーなお茶である緑茶となっており、

淹れるのがほかのお茶と比べ簡単であったことから、

多くの人々の間で飲まれていました。

『茶経』には中国茶のすべてが書かれている?

中国茶をテーマにした書籍は、現代になってから色々ありますが、

最初に中国茶に関する書籍を出した人物というのが、陸羽です。

そして、陸羽が著した本というのが『茶経』というものであり、

この本には、飲み方や淹れ方、種類など、

いわば中国茶にまつわる情報がたくさん詰め込まれてる、

お茶の百科事典と言っても過言ではないものです。

さらに『茶経』には、

中国茶だけのことしか書かれているわけではありません。

このほかにも、日本のお茶の文化、すなわち茶道であったり、

世界で栽培されているグローバルなお茶に関する情報も記載されています。

これゆえ、『茶経』による影響は大きく、

日本を含め世界的にその効果がもたらされているのです。

勿論、日本の茶道という文化も、この『茶経』による伝来が無ければ、

今頃茶道という存在自体も無かったかもしれません。

そして、『茶経』による情報では、

茶器には銀や金を用いたものが登場していたり、

茶碗では越州の青磁という場所でつくられたものが、

高級品で質の良いものとされています。

このころでは、茶器は実に20種類ほどあったそうで、

お茶の文化がますます本格的になっていくのです。

茶碗はその時代になってから登場した?

一方、茶碗が普及してくるようになったのは、

10~13世紀である宋の時代からと言われています。

宋の時代では、貴族にかわって、

貨幣経済によって勢力が拡大した市民階級の人々の間でも、

お茶の風習が次第に普及するようになっていきました。

それと同時に、お茶の淹れ方や茶器についても、

様々な変化が現れるようになります。

宋の時代のお茶の淹れ方とは、

茶葉お湯に浸して乾燥を施してからすって粉末状にしたものを、

今度は茶碗に入れてお湯を注いで飲むというものです。

これは、日本でいうところの抹茶の淹れ方と同じなのです。


【参考文献】成美堂出版編集部(2000)『香りを楽しむ中国茶の辞典』.成美堂出版

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