中国茶の歴史を分かりやすく解説!最初は上流階級しか飲めなかった?

中国茶の世界をもっと知ることで、さらに中国茶を美味しく飲むことができます。

また、中国茶の歴史や茶器について、理解を深めるのも大切なことです。

ここでは、そんな魅力的な中国茶の歴史について、簡単にご紹介します。

お茶の発祥は中国南部とインドだった?

「茶は南方の嘉木なり・・・」という文面からはじまる本に、

『茶経』という書籍があります。

この『茶経』とは、唐の時代に陸羽(?~803年ごろ)という人物が著した本であり、

その名の通り、中国茶にまつわる様々な情報だったり、

中国茶をより美味しく、そして本格的に楽しむための、

いわば中国茶のすべての情報を詰め込んだ本と言ってもいいでしょう。

その中に、「南方のめでたい樹木」と書かれていますが、

これは、お茶は熱帯地域か亜熱帯地域、

言い換えれば、インドや中国南部から伝わってきたものであるという意味になります。

つまり、お茶の発祥地となったのは、インドや中国南部ということになりますね。

一方、お茶のはじまりは、今のような飲むものではありませんでした。

ショウガやみかんの皮といった、お茶以外の果物や植物を一緒に煮込んで、

おかゆのようなものに仕上げて食べていました。

いわば茶粥は、当時上流階級の人々中心によって食べられており、

一般庶民まではあまり浸透していませんでした。

飲む用としてのお茶が誕生したのはいつ?

これまでは、お茶を他の果物や植物と一緒に煮て、

おかゆにして食べられていました。

お茶がようやく飲み物として広まったのは、当の時代以降と言われています。

唐の時代になると、お茶の飲み方やつくり方が、

明確に記載されているのが確認できているため、

この時代になってから、はじめてお茶が飲み物として親しまれたと想定されています。

一方、お茶自体の存在が発見されたのは、

唐の時代よりもさらに昔となる、漢の時代(西暦紀元前1世紀ごろ)となります。

漢の時代に書かれた『神農本草記』という書物には、

お茶の効能などについて詳しく書かれています。

さらにその次の時代となる後漢では、

『食経』という書物が著され、

こちらにはお茶を喫茶として扱われたという記述があります。

その文章の中には、「苦茶は久しく食せば意思を益す」と書かれている箇所があり、

後漢の時代から特に四川省を中心に、

喫茶の風習が流行るようになったと言われています。

とは言いつつも、実際のところはあまり嗜好品として扱われていたというわけではなく、

ほとんどのケースが薬として使われていたようです。


【参考文献】成美堂出版編集部(2000)『香りを楽しむ中国茶の辞典』.成美堂出版

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