伝説の神「神農」って?中国茶にまつわるエピソードとは?

今日では、仕事の疲れを癒すときに、

午後のティータイム感覚でお茶を飲む人が多い時代かと思います。

しかし、昔はお茶自体を、飲み物ではなく「薬」として扱っていたのです。

中国茶には、古くから伝説と言われている興味深いエピソードが数多くあり、

どこか神秘的で奥深い魅力が詰まっています。

ここでは、そんな中国茶の簡単なエピソードなどをご紹介します。

お茶を発見したと言われる「神農」とは?

世界中で親しまれているお茶というのは、

実は中国が発祥ではないかと言われています。

そのお茶を発見したと言われているのが、

伝説の神と称される「神農」です。

これは、陸羽が著した『茶経』という書物に記述されており、

神農は、体は人間でありながら、頭は牛であるという言い伝えがあります。

また、草の服を着た野人であったと言われている、

実に謎多き人物です。

神農は、人間が食べることができる薬草を、

山を駆け巡りながら探していました。

ある時、白い花が咲いた木の葉(茶)を発見し、試しに食べてみたところ、

腹の中をきれいにするという効果があることが分かりました。

つまり、お茶を食べることによって、

間違って毒を食べてしまった場合に、

お茶の葉でそれを消毒できるという効果があるということです。

この効果が決め手となり、

お茶には健康寿命を延ばすような力があるということが中国では広まり、

次第に薬として扱われるようになったのです。

茶摘み工が3万人も?

狭山茶の茶畑。

西湖のほとりのある浙江省(せっこうしょう)の省都・杭州の周りは、

中国茶の有名な産地として知られています。

昔は、唐の朝廷へ献上するために、

杭州で栽培されたお茶が用いられていました。

それと同時に、献上茶を摘むための「茶摘み工」という職人も数多く存在し、

一時期は3万人にまで達したと言われています。

見張りとして使われた境界亭という建物には、

お茶の収穫期になると、その大勢の茶摘み工が集まったことで、

とても賑わっていたという記録があるようです。

西太后とお茶の関係とは?

龍井茶(ロンジンチャ)を好んで飲んでいた中国の有名人は多くあります。

そのうち、清の時代の西太后(せいたいこう)という人物もその一人です。

西太后は中国三大悪女の一人とも呼ばれており、嫉妬深く、

ライバルたちを次々に虐殺したという記録があるほど、

実に極悪非道のような人物のイメージがありますが、

その西太后がよく飲んでいた龍井茶の茶の木は、

今でも大切に保存されています。

「貢茶」として有名な、獅子峰のある古びた寺の傍らには、

西太后へ献上するためのお茶の木が数多く植えられているということで、

お茶を愛したという明白な記録が残っているほどです。

香港では面白いお茶も?

最近の香港では、「暴暴茶」という、

名前からしてみて何やら怪しいようなお茶が登場しています。

これは、香港で生まれたブレンド茶の一つであり、

暴暴茶を飲めば、いくら食べても飲んでも健康でいられる、

ということから名づけられたそうです。

また、暴暴茶の宣伝として、

ジャッキーチェンを広告に起用したこともあるため、

一気に香港では有名になったお茶でもあります。


【参考文献】成美堂出版編集部(2000)『香りを楽しむ中国茶の辞典』.成美堂出版

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